パザ日誌

コラムというほど大袈裟でなく、日記というほど更新もできない。
ただ、pazapのメンバーが思ったことを書き綴るページです。


2003年11月10日(月曜日)----すぎもと

プチコアン

おっと、そういえばまた土曜日の話なんですが、京都駅近辺でご飯を食べようとなった時に、 京都拉麺小路に行ってみたんですが、午後二時すぎでも結構な行列が出来ていたので、すっぱりとヤメました。徳島ラーメンがあるから食べてみたかったんですが(徳島出身のくせに食べた事がないのでした)、それはちゃんと徳島に帰ったときに食べる事にしようっと。ボクはいくら美味しいと言われても、並んでまで食べる習慣が微塵もないのでした。

それで、そこへ行くまでの間(多分、近鉄地下のサンマルコ)でカレーの匂いを嗅いでしまったために、カレーが食べたくなってしまっていたので、京都タワーの地下にあるプチコアンへ久しぶりに行きました。そうしたら何と、今月いっぱいで閉店なのだそうで、折角だから名物の玉子カレーを頂きました。フワフワ玉子が一面にのっていて普通に美味しかったんですが、カキフライも食べてみたら、これがとっても美味しかったです。そういえば、ここはカレー屋さんじゃなくて、トンカツ屋さんだったんですよね、多分。ボクの中ではすっかりカレー屋さんというイメージで定着してましたが。

関連日誌

テクノイズ

それから、またまた図書館でCDを借りてきました。今回はクロノス・カルテットの「シュニトケ:弦楽四重奏曲全集」です。そういえば、現代音楽の扱いが素晴らしい近鉄の新星堂さんで、スティーヴ・ライヒの「スリー・テイルズ」(CD+DVD)が置いてあって、欲しいと思いましたが、もうちょっとお金持ちになるまで保留です(笑)。最近珍しく、欲しいCDが山のように増殖していて、非常に困ってます(苦笑)。そのほとんどが現代音楽だったりしますが……。

あと、あれだけ読んでた本も、ここ三週間くらいほとんど読んでなくて、体調も戻ってきたので再開しようと、「テクノイズ・マテリアリズム」(佐々木 敦:著/青土社/ISBN4-7917-5930-3)を借りてきました。テクノとかノイズとかは、ボクは良く知らないジャンルなんですが、ちょっと興味があるので色々と勉強したいなぁ……と思ってます。いや、勉強するって言い方は良くないですね。興味が持てるのならば、楽しみたいなぁ……という感じですかね。この本をチラっと読んでみても、ジョン・ケージとかスティーヴ・ライヒとかリュック・フェラーリ、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼンなんていう名前が出てくるんですね。つまりこの辺の音楽は、現代音楽に密接に関連してるんですね。PARALLAXレコーズへ行った時に、ノイズとジョン・ケージとが並んで置いてある訳がこの辺にあるのか……。じっくり読んでみようと思います。


2003年11月09日(日曜日)----すぎもと

切れ端パウンドケーキ

楽しみにしてた選挙だったので、pazapのリハへ行く前に投票に行きました。子供の頃は美味しくないと思ってた食べ物が、大人になってみると不思議に食べる事が出来たり、いや逆にハマってしまったりする事がありますが、ボクにとっては選挙もそんなものの様な感じですかね。ハマるって程ではないですが、とても面白いものだというのは思います。「結局何も変わらないし、行かない」なんてニュースで言ってる人が居ますが、こんな美味しいものが食えないなんてお子ちゃまだ、勿体ない……とか思ってしまいます。大人が政治の話をしているのを傍らで指をくわえて聞いていた子供の頃は、そういう大人たちは明らかに憧れの対象だった訳ですが、今は大人がお子ちゃまで、ハンバーグだのカレーライスだの言ってるので、投票率はこのザマです(そんなお子ちゃまが陰ではブツブツと愚痴だけは言うものですから苦笑するんですが……)。そのうち日本中がスパゲティ・ナポリタンで出来た腐らない体だらけになる日も、そう遠くないかもしれませんですね。

今日は体調が最悪だったにも関わらず、夜中まで選挙番組を観ておりました。田原総一朗さんの番組が、他の局のニュースの延長みたいなのより、よっぽどドラマチックでエンターテイメントだったですね。テレ朝に自民党の幹部が出演してなかった件とかの言及が面白かったです。


無印良品の切れ端パウンドケーキ

そういえば、昨日京都駅辺りに行ったので、ついでにプラッツ近鉄に立ち寄りました。無印で念願の切れ端パウンドケーキを発見して、飛びつかんばかりに、残ってた二袋を抱え込みましたですよ。なんせこれは幻の商品と言っても良いくらい、なかなか手に入らないのですよ。 去年の十二月二十九日の日誌に書いてたので、およそ一年ごしにやっと見つけた事になります。

この「切れ端パウンドケーキ」っていうのは、一切れづつ包装されて百円で売ってる「パウンドケーキ」の切れ端を、まとめて売ってるものです(多分)。十切れくらい入ってるので、本当は千円はするものをなんと三百円。しかも色々な味のが入っててお得なんですよね。そして美味しいのです。是非見つける事が出来たら買ってみてください。いや、買わないでください。ボクが買えませんから(笑)。


2003年11月08日(土曜日)----すぎもと

朝から講演会

ボタンの屋根の五重塔

朝十時半から、 西本願寺聞法会館の三階多目的ホールでひろさちや先生の講演会があるというので出かけました。この会場の存在は知っていたのですが、入るのは初めてでした。宿坊みたいな所だと思っていたら、結婚式も行われるような宿泊施設でビックリでした。西本願寺が経営するホテルって所なのでしょうか?

ひろ先生の講演会はもう三十五回以上は聞いてるんですが、今回はその中でも一番人数が多かったです。いつもは二、三十人って所なので、十倍以上の人だったと思います。主催が京都府仏教連合会だったり、料金が無料だったりというのも関係してるのかも知れませんが。

タイトルが「われら ほとけの子」という事で、ひろ先生らしく、それでもいつも以上に難しい話は徹底的に無しというのは流石だなぁと思うのでした。いわゆる学者という肩書きをも持つ人が、ここまで専門用語もほとんど使わずに、面白おかしく仏教の話が出来るというのが、ひろ先生の本が支持されている所以だと思います。今日も「ひろさちやベスト」と言っても良いくらいのネタのオンパレードで、随所に笑いもとってましたです。

ただ話が面白くて、専門用語を使わないといっても、内容は深いっていう所がやっぱりポイントで、実践してみろ! って言われたらとても難しいんですね。たとえば、ひろ先生がいつも言われる「分らない事が、分らない事だと、分る事が、分る事」という言葉の様に、分るようで分らない――または、実践するのが難しい――感じがあるんです。例の宅間死刑囚の事件にしても、戦争の事にしても、結局その事の意味というものはボクらには分らない。考えても分らない事っていうのは、「分らない」というそのままに受け取るしか方法がない訳なんですが、実はそれはとても難しい事なんですね。人間は色々と考えてしまうものですから。

この手の話は、ひょっとしたら誤解されてしまう事があるんじゃないか? って思う所もある訳です(今日そういう人が居たというのじゃなくて)。それは、「宗教」の話をしているんであって、その前提が理解出来てない人が居るって所です。例えば池田小の事件や戦争の事にしても、この前提が違えば、そこから出てくる結果が違うのは当たり前の話です。宗教という問題を、道徳と同類のものと勘違いしてる人がかなり居るんですが、この二つはどっちかっていうと正反対といっても良いものなんですね。この前に読んだひろ先生と養老孟司 先生の対談なんかの食い違いは、まさにそこの所が浮き出てて、ひろ先生はそこを浮き出させるためにあえて誘導する発言をしてるんですが、あれ、まったくそういう所を考えない人が読んだら、かなり誤解される対談だよなぁ……と思ったわけです。今日の講演も――いや、今日に限らずなんですが――そこの所で誤解された人も中には居たんじゃないかなぁ……とちょっと思ったりもしました。大体日本人は宗教というのを正しく理解してないですからね。

写真は講演会の帰りに、ボタン屋さんの前に飾ってあった、屋根の部分がボタンになってる五重塔です。


2003年11月07日(金曜日)----すぎもと

くすり

昨日はドラマ三昧の木曜日だったのですが、夕食後に風邪薬を飲むと眠くなってしまって、「トリック」の途中から寝てしまいましたとさ。気がついたら夜中の二時位で、ある方にメールを書いたりとかしてたらもう三時を過ぎてしまって、それから録画してあった「マンハッタン・ラブストーリー」を見て、明け方に寝ました。せっかく早くに寝てるのに、こりゃ風邪なんか直らんわなぁ……(苦笑)。

薬は薬局で普通にうってるのを飲んでるんですが、今まで風邪薬なんか飲んでも効いた試しがないのです。だいたい市販の風邪薬なんか、処方箋なしで買えるからか、効果が薄めに(この表現でいいのかなぁ? でも伝わるとは思いますが)してあるんじゃないかと勝手に思ってて、まぁそれもしょうがないものだとは思ってたのです。でも、今回初めて買ってみた風邪薬はボクに合ってるのか、「効く!」って感じが実感できました。頭痛薬とかはよく効いたりして感動する時があるんですが。

そんな中で今日は薬のサイトを見てビックリしたのでした。下痢止めで有名な正露丸って、安全性に疑問が持たれてたりするんですね(参照: 薬害オンブズパースン【正露丸等クレオソート製剤】)。色々と難しい事はボクには分りませんが、単純に次の指摘はなるほど! と思いました。

正露丸(大幸薬品)の添付文書には、「皮膚に付着したらせっけん及び湯を使ってよく洗ってください」と書かれています。絶対に〇〇しないで下さい、という注意も多いのです。しかし、皮膚に付けていけない薬を内服する危険性については何の記載もありません。

確かにそう言われればおかしいような気がします。定番製品なだけに、考えずに飲んでる所があるので、ちょっと気をつけなければと思いましたです。でもこういう専門的な部分は、本当にちゃんと厚生労働省とかがちゃんとしてもらわないと、どうしようもないんですけどね。


風邪でボーっとなってる本日はドラム道場のレッスンへ行く日でした。ドラム道場に通ってて一番為になる事は、なんといっても自分のダメさ加減が良く分ることですね。もうどうしようもなくダメダメすぎて、「テメェなんて、ドラムやめちまえ!」と自分に言いたくなる程です。ほとんど毎回そんな事を感じているんですが、自分にはそういう気持ちを持つ事の必要性を感じてますんで、最近ではそう思うために通ってるようなものです。


2003年11月6日(木曜日)----すぎもと

ヤモさん

ちょっと前に風邪をひいたなんて書いてた風邪はなんとか良くなったんだけど、その後にまた風邪をひいた模様(笑)。最近また風邪をひいてる人が多いようで、それをもらってしまったようです。ひとえにボクの不摂生な生活のせいで、免疫力が下がってるのでしょう。はっはっは。

風邪をいっても色んなパターンがありますが、この前までひいてたのは頭痛がメインのやつで、数日前からひいてる風邪は咳が出るパターンです。ちょくちょく風邪をひくんですが、この咳が出るパターンは実に久しぶりです。こういう咳が出る風邪のひき始めっていうのを気づくときってありますよね。そう、麺類を食べたときです。まだ自覚症状がそんなに無いときに、例えばラーメンなんかを食べると、麺をすすれないんですよね。ツルツルっとすすった瞬間に「ゴホンゴホン……あ、風邪だ……」って感じで風邪に気づくんですよね。なんかこのパターンが久しぶりで、バッタリ偶然、旧友ににでも出くわしたような嬉しさが微妙にあるのが、自分でもおかしいところだったりします。「よう、元気!」って感じで。いえ、病気なんですけど……(苦笑)。

元気といえば、いつの間にかうちのペット――放し飼いだけど――となってしまった「ヤモリ」なんですが、しばらく会わなかったのに、台所のリサイクルするのに食品トレーを入れてあった、無印良品の袋の中に居るのを発見。ヤモさん(いつの間にか名前が付いてる。しかも安易な……)、なにしてんの? という感じです。このヤモリ、調べてみると、どうやら「ニホンヤモリ」というヤモリらしくて、今回みたいに袋の中に落ちててひょっとしたら出られなくなって、ひからびて死んでてもかわいそうなので、逃がしてやるか、それかちゃんと飼うんだったら、何か容器の中に入れた方がいいよなぁ……って思ったんですが、このヤモリの餌となるのはどうも昆虫らしくて、コオロギとかをあげなくてはならないらしいんです。キャベツとかそういう菜っ葉系のでいいんだったら楽なんですが、コオロギとかはちょっとなぁ……と思ってあきらめたのでした。

しかし考えてみたら、今までこの部屋で何食ってたんだろう? という疑問もある訳です。ひょっとしてこの部屋って、ボクが知らないだけで虫が一杯いるのだろうか? そういえば、ちょくちょく居て、これまた放っておいた小さいクモを最近見かけないけれど、ひょっとして……? でもゴキブリとか食べてくれるんだったら、そのまま放し飼いにしてもいいんだけどなぁ……って思ってたら、ヤモさん、いつの間にか姿が見えないのでした。次はいつどこで出会うのだか……。


2003年11月05日(水曜日)----すぎもと

新京極映画祭

十月二十八日の日誌で、十一月に「ロッキー・ホラー・ショー」が上映されるらしい……っていうのを書いたのですが、その詳細が今日の京都新聞夕刊に載ってました。

新京極映画祭「ロッキー・ホラー・ショー」
上映日
二〇〇三年十一月十四日
上映時間
午後九時から午後十時四十五分まで(予定)
上映映画館
美松劇場(新京極四条上がる)
入場料
一〇〇〇円(当日窓口料金、前売りではペアで一〇〇〇円!)
主催
新京極商店街振興組合
後援
京都市
協力
RCS
備考
  • 「当日券」は、各回開映の30分前より各劇場にて販売いたします。
  • 新京極商店街組合員のお店で配布のチラシ持参の方は800円。

この上映は、京都府の京の商店街チャレンジ21事業の助成金を受けて実施する「新京極映画祭」で上映される映画のうちの一つのようです。サブタイトルに「老いも若きも元気の出る映画特集」となっていて、他にも「アルプスの若大将」(六日)、ウォーターボーイズ(七日)、ガイアガールズ(十三日)が美松劇場で、「新春狸御殿」「嵐を呼ぶ男」「ショーシャンクの空に」「サンダーパンツ」(二十一日)は京極弥生座とのことです。

観たい観たいと思っていてずっと観られてないスティーヴン・キングの「ショーシャンクの空に」や、かなり気になる映画「サンダーパンツ」(これは特別先行上映で、料金も違うようです)がとっても観たいんですが、用事があって観られません。非常に残念。いや、それより「ロッキー・ホラー」だってシュトックハウゼンのコンサートとバッティングしてて、どっちが観られるか微妙な所なのでありますが……。

それで、この京都新聞夕刊の「ロッキー・ホラー」の所には、仮装や鳴りものや突っ込みの事についての記載はないのですが、一応観客も参加するロックミュージカルのキング・オブ・カルトとは書かれているので、踊ったりするのはオッケーかもしれませんですね。あとは先導してくれるパフォーマーの人たちが居れば、盛り上がりますね。この映画の事を知らずにたまたま見に来た人はビックリするでしょうが。お近くの人は、予備知識なしに誰かを連れていきましょう! やみつきになってしまっても責任は持てませんが……(笑)。


2003年11月04日(火曜日)----すぎもと

芋が出る便器

TOTO(ロザーナのじゃなくて、便器の)のアプリコットっていうののコマーシャル(参照: TOTO:CMライブラリー)で、 渡辺満里奈嬢の歌ってる歌をずっと「芋出るアプリコット、芋出るアプリコット」ってずっと思ってて、しかも何度も口ずさんだりしてたのですが、あれ「芋出る」じゃなくて「リモデル」だったんですね! ……って当たり前だろう!! というお叱りの声も聞こえてきそうですが、きっとボクだけじゃない筈……と信じてます(自信無いけど……)。

うちのオンボロテレビのせいで滑舌が悪く聞こえるってのもあるのかもしれませんが、それにしても意味を考えればすぐに解るこんな事をずっと勘違いしたままで疑わないっていうのは、やっぱり歌詞なんて音楽にはそんなに重要ではないという事なのかもしれませんね。少なくとも興味も無くボーっとテレビを見てたボクには、アプリコットっていう便器にリモデル出来るという意味は、あの歌からは伝わらなかった訳です。

それともう一つの側面から言えば、「芋出る」と勘違いしてたとはいえ(これ本当ですよ。ネタじゃないんですから! ウサギが美味しい「ふるさと」や、赤い靴履いた女の子がひぃじぃさんに連れられていく事だってあるでしょ?)、TOTOという会社に「アプリコット」っていう便器があるっていう情報は、あの歌と同時に刷り込まれたのは確かです。それは一種の洗脳とでもいいましょうか、音楽にはそういう側面がある事は、この前の造形芸術大の講義でもそういう事が話題にものぼってましたけれど、確かに事実だと思います。そういう意味では音楽は何かを伝えてるとも言えるような気がします。

そういえば、今日「伊藤家の食卓」を見てたら、赤ちゃんを泣きやませる裏ワザっていうのをやってて、耳の穴に指を入れてなでてやると泣き止むというのでした。その理由は次の様な事だそうです。

専門家によると、これは赤ちゃんの「体性感覚反射」を利用している裏ワザ。 人は、わずかな刺激を一定のリズムで受けると、興奮を抑えようとする反射が起こります。これを体性感覚反射といい、例えば、赤ちゃんの体をポンポンと叩いていると、次第に眠ってしまうというのも同じ原理。特に2歳以下の赤ちゃんに起こりやすいようです。

この「一定のリズム」っていうのを音楽だと考えると、やっぱり本能的に感じるものを人間は(他の動物はよく分らないですが)持っているのでしょうね。多分これは母親の胎内にいたときに聞いていた心臓の音の影響だと説明されたりするのでしょうが、そうするともう一つよく言われる「テレビのザーっていう砂の嵐を聞かせると泣きやむ」っていうのは、さっきのリズムに対するメロディーの部分なんでしょうか?

ただ面白いのはリズムによってハイになるんじゃなくて、興奮を抑えようとするという所ですね。音楽っていうのは興奮する事も、興奮を抑える事もできるという事ですね。そして、それを利用して人の感情をコントロールする事も出来るんですね。いやひょっとすると、もうすでに誰かによってコントロールされてるのかも……?


2003年11月03日(月曜日)----すぎもと

血糖値

眠る前に小腹が減ったからと言って、調子こいてチョコフレークを八割がた――約百グラムくらい。カロリーにして五百キロカロリー弱――食ってしまったら、眠りが浅かったのか変な夢を三本立てくらいで見て、悪夢から覚めるように飛び起きたら午前五時半頃でした。寝る前に血糖を上げまくるというのは、ひょっとしたら眠りが浅くなったりするもんなんじゃないか? とか思いました。もちろん根拠なんて無いんですが。でも、寝起きが悪いのは血糖値が上がってないせいだからっていうんで、よく「おめざ」なんて甘いものを食べるっていいますから、やっぱり寝付きが悪くなったり眠りが浅くなったりしそうですよね。逆に寝る前にチョコレートを食べるのがいいというのも聞きますが、程度問題でしょうからチョコフレーク百グラムはやっぱりマズかったかなぁ。いや、味はウマかったんですが。

しかし、昨日久しぶりにpazapのリハをしたら、今日は体中が痛いという情けない状態です。

「ボク」という新曲も一時期早々と形になってきて、流石に単純な繰り返しの8ビートは楽に完成するなぁ……と思っていたんですが、実は今何故か一番大変な曲になってて、昨日も全然合わなくて皆で難儀してましたです。単純な繰り返しの曲の方が遊びがいがある部分もあるという事で、間奏では3と4のコスモス・ポリリズム(菊地さんに言わせれば、すでに古典的なモノ・リズムですが……)にしてあって、エンディングではドラムが5、打ち込みが4、ベースが3という中、ギターは3でも4でもとれるフレーズを弾くという事になってて、とても緊張感のあるプレイが出来ます。……いや、まだちゃんと出来てませんが(笑)。

そういう曲なんですが、昨日練習しててこの曲はもうちょっと発展させたら面白そうなので、ひょっとしたら別ヴァージョン、もしくは続編を作ってみようと思ってます。


2003年11月02日(日曜日)----すぎもと

PantherでのPerl

Panther(Mac OS X 10.3)にしてから、多分設定は前のままなのにPerlを使うとき――主にこのサイトの生ログをAnalogにかけたあとのURLデコードと、xhtmlのチェックに愛用させて頂いてる Nakamuxuさん作のCocoaアプリケーション AHL-Runnerの結果表示のとき――に次の様な怒られてしまうようになったんです。

perl: warning: Setting locale failed.
perl: warning: Please check that your locale settings:
      LC_ALL = (unset),
      LC_COLLATE = "C",
      LC_TIME = "C",
      LANG = "ja_JP.EUC"
    are supported and installed on your system.
perl: warning: Falling back to the standard locale ("C").

これは普通にPantherをインストールした状態では出ずに、X11の日本語環境設定のために~/.MacOSXフォルダ内にenvironment.plistなどを作って、LANGとかを"C"以外に設定すると出る模様です。

調べてみるとこれはPerlの世界では有名なものらしく、~/.bashrcとかに

PERL_BADLANG=true;export PERL_BADLANG

とするといちいち怒られなくなるようです。ちなみに csh系のシェルでは以下のようにするのだとか。

setenv PERL_BADLANG true

これでTerminalとかでPerlを走らせた場合はいちいち怒られなくなったんですが、これでもAHL-Runnerでは直らずに困ってたんです。何回もCheckボタンを押して、思い出したように何回かに一回、ちゃんと結果を表示してくれたりはするんですけれど、それではやってられないです。

色々と悩んで試してみたところ、environment.plistで設定したLANG = "ja_JP.EUC"の参照先であろう(すいません、不案内なもので……)/usr/share/locale/を見てみると、ja_JP.EUCじゃなくてja_JP.eucJPってなってるんですね。それでいちかばちかenvironment.plistの設定をLANG = "ja_JP.eucJP"にしたら完全に直りました。よかったぁ! もし同じ症状の方は試してみてください。

(追記)試しにバックアップしてあったMac OS X 10.2.8の/usr/share/localeを見てみるとja_JP.EUC/となってて、これが Pantherではja_JP.eucJPと変更されている模様なので、やっぱりこの辺りが原因かと思いますです。

(追記2)"ja_JP.EUC"じゃないと不具合がおこる可能性もあるようなので、気をつけてくださいませ。


2003年11月01日(土曜日)----すぎもと

瓜生山祭2003

今日は京都造形芸術大学の学園祭「瓜生山祭2003」を見に行ってきました。一番安く、そして早く行く方法を考えてみるに、それは京阪電車一本で行く事だという結論に至ったので、その前後は歩きという事にしました。秋の良い気候で散歩にはもってこいの季節なのですが、それにしても今日はかなり暖かくて、電車も会場内もクーラーが入ってる状態でした。

出町柳から歩く途中で「喫茶 してません」という案内を出している喫茶店があって、それが「してません」という名前の喫茶店なのか、営業を停止した元喫茶店なのか、それとも喫茶店に見えるけれど実は普通の家だったりするのか……とか、そういう事を考えながら歩いてたら、結構楽しく会場に着きました。

京都造形芸術大学学園祭テーマ「マヨネーズ」

午後一時半すぎに会場に到着。造形芸術大の中に入るのは初めてだったのですが、なんと階段の多いこと。きっと山の斜面に造ってあるからだと思いますが、それにしても車いすの人とかはどうやって移動するんだろう? と思ってしまいました。どこかにエレベーターとかがあるようには見えなかったけれど、何か方法があるのでしょうね? そうじゃないとライヴ会場である体育館――多分一番上の方にある施設だと思うんですが――まで、あのP.Aの機材や楽器を階段で運ぶのは辛いですよねぇ。京都産業大学も坂が多いイメージがありますが、ここはそれ以上な気がしました。

午後二時からは直心館J22という場所で岸野雄一さんと菊地成孔さんによる講演会。菊地さんがポリリズムについての話で、岸野さんが「音楽が伝え得るもの」というお話で一時間づつ。最後にお二人の対談と質疑応答で一時間という事でした。

普段は講義にはスーツで望む事にしているのに、この日は寝坊してしまったそうでラフな格好の菊地さんの講義は、レジュメのコピーが遅れたり、聴講生のほとんどが一般聴講生だと知ってズッコケるという、京都の講義の風物詩の様なオキマリを経て始まりました(笑)。

クロノス時間とカイロス時間が出会って、その統合失調としてのポリリズムを経て、DCPRGのポスト・ポリリズムへと流れる歴史を、短い時間をググっとオーヴァーしてもなお時間切れでおしまいという内容でした。更に深い内容は、後に出版されるであろう本で……というのは、さながら河内家菊水丸の「この後続きはCDで!」というお決まりの落ちを連想させました(笑)。勿論一時間でこの深い内容を語り尽くせる訳もないですし、それでもとても興味深い講義だというのには変わりなかったので大満足でした。

菊地さんの主張としては、整数で割り切れるコスモス・ポリリズム――アフロ・ポリとかの3と4のクロス・リズム――はもうすでにポリリズムとは呼べなくて「モノ・リズム」だと。ポスト・ポリリズムは各々が違うタイムを持って、それがグルーヴしていくというポリ・グルーヴ方法を実践していくという事だと感じました。実際にデートコースの"Catch22"という曲がそういう風に演奏されています。

他にもあるんですが、まだボクの中で全然まとまってないので、その辺はポリリズムのページとかに反映させていこうかな……と、そういう感じです。

菊地さんとバトンタッチして、次は岸野雄一さんの講義。「音楽が何かを伝える事が出来るのか?」っていうのを初めて考えたのが、「題名の無い音楽会」という番組を見ていたときに紹介されたストラヴィンスキーのコメントなのだそうです。そのコメントは「音楽は音楽以外の事を表現できない」というようなものだったそうです。まぁ、その後に「では、『火の鳥』をお聴きいただきましょう……」って言われて「表現してんじゃん!」というようなツッコミも入れたそうですが(笑)、それならばその番組だって「題名あるやん!」とツッコミたくなるなぁ……と思いました(笑)。

その後例に出された桂三枝の「面積」についての音楽はとても面白かったです。音楽に合わせて桂三枝が面積についての事を説明してるんですが、これがもう最高で、特に時々叫ぶ「ワオー!」とかっていうのがツボにはまって良かったです。岸野さんは「この曲を何度聴いても、面積の事が全然頭に入らない」という例に出したのですが、確かにその通りでした。他にも色々と面白い音楽を聴かせてもらったんですが、結局印象に残るのはその人の声質であったりとかそういう事じゃないか? という事でした。

そういう話を聴いてて色々と思い出す事があったんです。一つは中学時代の音楽の授業なんですけど、何かのクラシック音楽を聴いて感想を書けと求められた事があったんです。ボクはこれが全然書けなくてですね、書いた人は帰っていい事になってたんですが、全然書けなくて最後の一人になって、しょうがなくてもうどうでも良い事を無理矢理書いて提出した事があったんです。その時にボクは音楽を聴いた感想なんてボクには書けないと思ってしまったんですね。だから他の皆が感想をスラスラと書いてるのを見て、不思議でしょうがなかったのと、自分はダメなんじゃないかと思ってしまったんです。だからストラヴィンスキーの「音楽は音楽以外の事を表現できない」っていう言葉を聴いて、とってもスッキリしたんです。そうでしょ? っていう感じで。

あとこんな事も思ったんですね。ボクが大好きなフランク・ザッパ御大の歌っていうのは、ボクは英語が全く理解できない状態で聴いているけれど、英語が理解できる人が聴いたらどうなんだろう? という事。いや、これは他人の問題ではなくて、自分の問題ですね。つまり、自分がもし英語が完全に理解出来るとしたら、やっぱり聴き方が変わるだろうか? という事です。別にザッパの政治的やエロい歌詞が嫌いというのでもないし、歌詞を見ながら曲を聴くこともするけれど、感覚的に理解出来て聴けるようになればどういう感覚なんだろう? と思ったりする事があるんです。でも岸野さんの講義を聴いてて、あぁそんな事はひょっとしたら関係ないのかも知れない……と思いましたです。そう考えてみると、普段テレビやラジオから流れてくる曲も、歌詞なんか聴いてる訳じゃないんですねボクは。日本語で理解できるにも関わらず。そう考えると、「今の曲は歌詞が何て言ってるか解らん!」なんて言ってる人もいますが、それでいいんじゃないかと思ってる部分がボクにもあるんですね。それを否定してしまうと、ボクはザッパ御大の曲を聴く資格が無い訳ですから。実際にそれでも心地よく聴ける訳ですから、それが一番大事だと思うんです。

その後、結局岸野さんの講義は、話を広げすぎて収集が着かなくなったとかで、菊地さんとの対談・質疑応答へとなだれ込んでいったのでした。内容は今日の講義内容の延長とか、どうしたらドラムが上手くなるのか? とか。菊地さんの「練習すればいいんじゃないかなぁ……」っていう答えは素晴らしい答えでしたですね(笑)。あと菊地さんはサックスを持った時から、いきなり今くらい吹けたとかそういう話もありました。


講義が終わってからゆっくりとライヴ会場の体育館へ行ったら、もうすでに一バンド目の演奏が終わりかけておりました。そして次が「栗コーダー・カルテット」。一バンド目はみんな総立ちで見てて、ステージの転換時に時間がかかってたので皆座ってたんです。次は栗コーダーだからそのまま座って聴けるからいいなぁ……と思ってステージ手前で座ってたんですが、メンバーが現れてそろそろステージが始まりそうっていう雰囲気がしだすと、おもむろに皆が立ち始めたんです。をいをい、栗コーダーやぞ! と思ってたんですが、周りがみんな総立ちの中で座って居る訳にもいかず、しょうがなく立ったんですが、その状態に一番驚いたのが栗コーダーのメンバーだった様でした(笑)。栗原さんなんか「え? 立つの?」って感じで目が点になってオロオロしてる感じで、それを見てると面白かったです(失礼)。栗原さんなんかDCPRGで出演する時は、総立ちで踊り狂ったオーディエンスの前に出てやってるのに、やっぱり栗コーダーで総立ちではやりにくいんでしょうねぇ。結局お客さんをなだめて(笑)座る事になってホッとしたんですけれど。

栗コーダー・カルテットを生で見るのは初めてだったんですが、もう本当に良かったです。NHKの「ピタゴラスイッチ」のあのテーマ曲を生で聴けたのも本当に感動したんですが、それよりもボクが一番好きな映画と言い切ってしまってもいい、ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のテーマ曲をやってくれたのには鳥肌ものでした。前日がハロウィンだったのでタイミングもバッチリ(大学内にもハロウィンのカボチャとかがいっぱい置いてあったりして、とてもハロウィン気分だったです)。しかし、あの曲を四人――ピアニカ、サックス、ギター、チューバ――で見事に再現されたのにはビックリでした。いや、素晴らしかった!!

続いて岸野雄一&フォルティータワーズ。始まる前からP.Aのミキサーの所で岸野さんがD.Jしてたり、客席では菊地さんが寝そべってたりしてると思いきや、準備が整うと初っぱなから岸野さんが大衆演劇みたいな立ち回りで客席で踊りだして登場。音楽に合わせながら「ボクが京都で好きなのはトイレばかり……」とかって言いながら、カフェ・アンデパンダンやら六曜社や新進堂のトイレを語りだしたのにはウケました。「フグ大学」とか、歌をやめてしまったうさぎの国のバブーティが登場して一緒に踊ったり「数の数え方」という犬の歌とか、動物ものというか、講義の時もちらっと言ってましたが、ファンタジーがテーマなのですね(ファンタジーを通して良い思い出を思い出して引き出していきたいっていう事を言ってました。菊地さんは最高の性善説だと言ってましたが……)。ボクもファンタジーがテーマなので、この辺りは共感する所がありました。しかし「このままここでマットを敷いて泊まり、皆で一緒に暮らしましょう。皆でこれから家族になって、ここでなんとかしていきましょう」っていうのは大爆笑しました。

菊地さんのソプラノ・サックスはもの凄く心地よかったですが、うさぎのバブーティがステージに上がってきて踊りだしたら、居場所が無くなってマイク持って移動してたりハウったりしててテンヤワンヤしてるのも微笑ましかったです。それから最後の方では「知ってて良かったなぁ〜」とかって岸野さんの歌と一緒に口ずさんでいたりして楽しそうでしたですね。

岸野さんのパフォーマンスも、曲も、演奏も全部含めて、これだけのエンターテイメントで楽しませてくれるライヴは珍しいと思いました。是非また京都に来て欲しいと切に願います。

続いて最後のナタリーワイズ。ヴァイオリンとチェロの音が美しかったです。斉藤哲也さんのピアニカ・ソロを聴きながら、昨日の「たまの最期」のライヴでもこれ(ピアニカ)を弾いてたのかなぁ……とか考えてしまいました。

ダラダラ、長々と書いてしまって、逆に何か解らない内容になってしまいましたが、今日は一日楽しめたイヴェントでお腹いっぱいという感じでした。とにかく全ての出演ミュージシャンの皆様と、サポートされたスタッフの皆様と、企画された実行委員会の皆様に感謝感謝であります。



pazap研究室 all rights reserved.