10月30日のライヴ後、実質活動休止状態になっております我がpazapですけれども、一応次回のライヴが決まって来ました。
年が明けまして2006年。餅を食べ過ぎて体重を3キロばかり増やして、二日酔いと胃もたれが落ち着いた頃。町がクリスマスの鐘の音と赤と緑と、青色発光ダイオードのイルミネーションから、正月モードに切り替わり、更に一夜にしてヴァレンタイン・モードに切り替わって、それが最高潮に達している2月の12日(日曜日)に、ARCDEUXにて!
pazap2006年の幕開けライヴとなります。詳細は分り次第、ここやライヴ情報のページにアップいたします。
本当に書きたい事が色々とあるんですが、すっかり更新が滞っております。昨日の夜中は――というより本日の朝方ですが――窓から外を覗いてみますと、雪が積もって真っ白でありました。念のために車のワイパーを立てに外に出て、犬の様に喜んで真っ白な道路に足跡を付けた後、これは起きる頃にはかなり積もってるな……と思って寝ましたけれど、起きてみて見るとそんな事も無くて、残念なようなほっとした様な気持ちでありました。
さて、とりあえず先週の日曜日の事を書いておきましょう。12月11日の日曜日は昼過ぎに家を出て車で北山まで(京都は地下鉄料金が高くて、車で行く方がよっぽど安上がりなのは問題でもあると思います。しかも、更にもうすぐ値上げをするとの事です。パーク・アンド・ライドなんか普及するのかね? これで)。バンドでドラムを叩きながらも、ロック嫌いのクラシック好きを自称してる私ですが、この傾向は歳を重ねる程に強くなって来ております。でもよく考えてみると、ある時期を境に中学生の頃に戻っているとも言えまして、有る意味懐かしさを感じるジジイの様な気持ちなのかもしれません。
音楽というものが、その音のみで、作曲者が思い描いた様な風景や思想を、聴衆に伝えるという事がはたして可能なのか? という問題に関しましては、少なくとも私個人の考えとしては不可能ではないかと思っております。それは私がマーラーの交響曲第1番を聴くと、日本の四国地方南部の台風の風景を思い浮かべるという事実が、どうしても拭い取れないからであります。これは中学生の頃、お小遣いで買ったこの曲のレコードを、何度も聴いていた時に台風が来ていて、学校が休校になった暴風雨の中、雨戸を閉め切った自分の部屋で聴いたという記憶が、今でもこの曲のメロディやハーモニー、そしてリズムとセットされて、呼び出されるからです。
クラシック好きと言いつつも、恥ずかしながら初めて座った、京都コンサートホールの座席は、2階席のステージ下手側の真上。指揮者も楽員もテレビの中継で見る様な感じで見る事が出来る、素晴らしい席でした(ちなみに自由席でした)。音も良かった!
この日のコンサートは、同志社女子大学音楽学科の第35回定期演奏会。前半に合唱。後半がオーケストラの演奏でした。
女性ばかりのオーケストラというのはどうなんだろう? と思って聴いておりましたけれど、これが素晴らしい演奏で感動いたしました。中でも1番感動したのは、マーラーの1番の冒頭。この曲を生で聴いたのは初めてでしたけれど、この部分はCD等で聴くのと生で聴くのとはまったく違いますね。音が鳴り始めたときにビックリしました。そうか、本当はこういう音がするのか! という驚き。しかも電子音楽のような凄まじい音響のピアニッシモなんですね。この曲の凄さっていうのも有りますけれど、このオケの演奏も素晴らしかったです。
この驚きにやられてしまいまして、この曲を聴いてる間、台風のイメージは一切出て来なかったのも驚きでありました。